2008年6月30日月曜日

だいぶ家らしくなってきた。

窓が入り、壁の下地がほぼ貼られ、ドアが付きました。左のドアが店舗入口で、左の引戸が住居スペースの玄関。わざわざ別にしたのは不退転の意思を表すちょっとした拘りです。

2008年6月27日金曜日

針子

沼津港のそばに住む親戚からいただきました。サンマの稚魚の目刺し。チビでも味はしっかり秋刀魚。このほろ苦さ、今夜はさすがに晩酌を我慢できそうにありません(笑)

棟梁、頑張ってます!

今日は壁の下地材張り。男が一人黙々と作業を進める姿はなかなかカッコ良いものです。

2008年6月26日木曜日

南龍整体術との出会い 〜その3

「こちらへどうぞ」と、施術ベッドの方へうながしたのは、
眼鏡を掛けた小柄な男性だった。この人が先生らしい。
「で、どうしました? 腰痛?」
私は、これまで何度もあちこちで繰り返してきた
半ば泣き言のような状況説明を始めた。

先生はふんふんと一応はうなづきながらも、
「仰向けに。今度はうつぶせに。はい。
ベッドの縁に座って、肘を膝に付けて」と
私にさまざまな姿勢をとらせながら、私の身体を
ためつすがめつ観察することに集中しているようだ。

「はい、わかりました」

先生は、私のくどくどとした説明を遮ると、
「ちょっとおいで」と、そばで見ている大阪の友人と
稽古着姿の坊主頭を、座った私の背後へと呼び寄せ、
腰の辺りを触ってなにやら二人に解説している。

「……な、教科書通りやろ?」

感嘆の声を上げる二人。そして、驚きで声の出ない私。
教科書通り? 何年も痛みに苦しんで、手術を受けても
治らなかった股関節痛が、教科書通り? どういうこと?
その意味はすぐに分かった。

「じゃあ、これから治します」

当たり前のように宣言すると、先生は施術を始めた。
私の身体を曲げたり、伸ばしたり、上から押さえたり、
その施術は痛くも激しくもなく、とはいえ、凄いとも感じられなかった。
ただ、施術の最後に先生が腰に当てた掌が、ポワァ〜と温かくなり、
なんだかわからない気持ち良さで涎が出そうになったのには驚いた。
これが気功というヤツなのだろうか。

「はい、終わりました。痛かった動きをやってみよし」

先生に促されてベッドを降りると、訳の分からないまま
足刀蹴りを試してみる。あれ? 足が上がる!?
さっきまで足を引き付けるだけで痛かったはずなのに
蹴り出した足は中段に届く高さに向かって伸びていく!!

うれしさと驚きに混乱している私の顔をみて、
先生は初めて笑顔を見せた。

「じゃあ、なんで痛かったのか説明します」

説明によると、私の骨盤(正確には右腸骨)は、
背中側からの強い衝撃によってミリ単位で前へずれ、
それによって股関節の位置が狂い、可動域の制限や
痛みを引き起こしていたのだという。

「あんた、受身をしくじって、派手に尻餅ついたりせなんだか?」

心当たりは、ある。演武の練習中、蹴り足を掬われて、
後方へ投げ捨てられる技で失敗して腰を強打したのは
股関節が痛くなる前のことだ。あれが原因だったのか!

先生は煙草に火を付けながら、言葉を続けた。

「あんたの流派は、稽古で故障しても自分とこで治せんのか。
そら、あかんわ。うちは腕が外れようが腰が外れようが
ワシが治す。そういう稽古をしとるさかいな」

再び言葉を失う私。先生のこの言葉は心に深く突き刺さった。
そして、この体験が私の人生を変える転機となったのだった。


〜とりあえずの、完

2008年6月25日水曜日

南龍整体術との出会い 〜その2

病室のベッドで初めて目にした南龍整体術の記事。

だが、これを見て身体に電撃が走り、運命を感じ、
「ををっ! こりゃ凄いっ!!」と即、飛びついたわけではない。

そのころの私は、整体というものに関して、かなり懐疑的になっていた。
金と時間を使い、あちこちの整体やカイロ、マッサージを巡り歩いたのに、
結局治らずに手術を受けたのだから、当たり前といえば当たり前。

ただ、当時から棒術に興味を持ち、半ば我流で六尺棒を振り回していた私は、
南龍整体術の母体となった関口流柔術が棒術を得意とし、
『紀州の天秤棒』と呼ばれる太い六尺棒を自在に操るという記述と、
棒を構える師範の古い白黒写真に何か惹かれるものを感じた。

それから、さらに一年後。

結局、手術を受けたにもかかわらず股関節の具合は相変わらず。
「これは一生痛い足を引きづって生きていくしかないなぁ」と
半ば諦め、半ば投げやりな気持ちになっていた。

そんな頃、同じ現代武道を修行する大阪の友人が、興奮気味に電話をかけてきた。
クルマで5時間かけて和歌山県まで行き、凄い整体の先生の施術を受けてきた。
あっという間に腰痛が治った。気功も凄い。気の力で視力まで上げてしまう。
その結果、合わなくなった眼鏡の度数調整まで気功でやってしまう、と。
よくよく聞けば、入院時に読んだ『月刊秘伝』の記事の先生だ。
しかし、これを聞いた私は、なお一層懐疑的になった。
気功なんて、整体以上に信じられない。怪しくて得体が知れないではないか。

その後、大阪の友人は南龍整体術に夢中になり、
新大阪の分院で開かれている整体師養成講座を受講まで始めた。
そして「加島さんも一度診てもらいなよ」と、ことあるごとに勧めてくるようになった。

これには困った。
いかに友人の誘いとはいえ、信じてもいないのに大阪まで出かける気はない。
とはいえ、彼の気持ちを考えると、あまり無下にも出来ない。
電話がかかってくる度、あれこれ言ってはぐらかしていた。

時は過ぎ、南龍整体術の名を知ってから2年が経った春、
修行していた現代武道の稽古会が大阪で開催されることになった。
南龍にハマった大阪の友人も一緒に参加する。
「……これはもう逃げられないなぁ」
覚悟を決め、彼の顔を立てるだけのつもりで施術を受けることにする。

土曜の夕方、新大阪駅で新幹線を降りた私は、
迎えに来てくれた友人と連れ立って分院へと向かう。
目指すは駅からほど近い、ビジネス街の中にあるマンション。
表に整体院があることを示す看板らしきものは出ていない。

(後に気付いたが、マンション前の電柱に小さな看板が出ている。
しかし、これは分院に初めて来る患者さんに場所を示すための
看板で、広告効果を狙ったものではない。施術中に道を訪ねる
電話がやたら掛かってきて仕事にならないので、仕方なく出したとのこと)

部屋のドアを開けると、紫煙の香りが立ち込めていた。
玄関先からひと目で見渡せるワンルーム形式の中にいたのは
大阪の言葉ではない方言で談笑しつつ煙草を燻らす二人の年配の男性。
ひとりは眼鏡を掛けた小柄。もうひとりは坊主頭のずんぐりむっくり。
二人とも「南龍整体術」と胸に刺繍が入った白い稽古着を着ている。
こちらに向けられた目付きはいずれ劣らず鋭い。って言うか、怖い。

「……やっぱり来なきゃ良かった」と思っても後の祭り。
同行した大阪の友人と言葉を交わしつつも、二人の視線は
冷徹と言っていいくらの光を放ちながら、私に注がれ続けている。

私は、せめて物腰の柔らかそうな眼鏡の男性が
ここの先生であるように願いながら靴を脱いだ。

〜つづく

2008年6月24日火曜日

南龍整体術との出会い 〜その1

南龍整体術との出会いは今から5年前にさかのぼる。

当時、私はひどい股関節痛に悩まされていた。
痛みで右足がまともに動かないほどひどかった。

そのころ、私はある現代武道を修行していたのだが、
今から考えれば、よくも稽古していたものだとあきれるほどの痛さだった。

なにしろ右足を真っ直ぐ蹴り出しても、
自分の意に反して蹴り足の軌道が蛇のようにうねるわ、
廻蹴では、蹴った自分が悶絶するほどの痛みが走るわ、
足刀蹴は、相手の膝頭はおろか、足首を狙うのがやっと。
ただでさえ身体は堅いのに、股関節の可動域は日に日に狭くなり、
長座での開脚は90度にも届かない有り様。

それ以前に、前後左右に運歩することさえ痛かったのだから、
とても武道をやれるような状態ではなかったのは確かだ。

そんな状態が数年も続くと「いつかは治るだろう」と
呑気に構えていた私も焦りと不安を感じるようになった。

病院に行って、レントゲンを撮ってもMRIを撮っても
「どこもおかしいところはないけどねぇ」と医師は首を捻り、
整体、整骨、鍼灸、マッサージとあれこれ渡り歩いても良くならず、
時間が経てば経つほど痛みは強くなるばかり。
常時感じる苦痛と将来への不感から、私はノイローゼ寸前だった。

その結果、最後に選択したのは『手術』という手段。
医師は、股関節のパッキンの役割をはたしている関節唇という部位が傷んで、
それが神経を圧迫しているのではないかという診断を出し、
内視鏡手術によって関節唇をトリミングするという施術を提案した。

「けれど、これで100%治るとは限らないですよ。それでもいいですか?」

残酷なインフォームド・コンセントにも、私はうなづくしかなかった。

入院し、手術を受けた私が、T字杖を突きながら入った書店で手に取ったのが
南龍整体術の紹介記事の載った『月刊秘伝2003年1月号』だったのだ。


〜つづく

2008年6月23日月曜日

左甚五郎作?

建築中の我が家は、近隣の猫たちの格好の遊び場になっている。今日は雨。棟梁の現場作業はお休み。顔馴染みのオジジ野良猫トラちゃんが朝から未来の寝室に陣取って、うたたね三昧。雨の日の猫はやっぱり眠いらしい。あとでゴハンをくれてやるかな。

2008年6月22日日曜日

着々と……


開院準備は進行中。自宅兼店舗の上棟式も無事に済ませました。

施術室は10畳ほどになる予定。そろそろ整体用ベッドを物色せねばなぁ。