2008年8月31日日曜日

キーマカレー

カレー好きの終着点はインドでもタイでもなく、ましては英国や日本でもなく、スリランカにあるというのはカレー好きの定説である。

で、そのスリランカ・カレーの代表といえるのがキーマカレーだ。

粗挽き肉、飴色になるまで炒めたみじん切りの玉ねぎ、擦り下ろしたニンジン、アクセントにグリーンピース、ニンニク、ショウガ、たっぷりのスパイス。

汁っけのないルーをご飯と一緒に頬張ると、髪の毛の下、脳天からブワッと汗が吹き出るのが感じられる。これは真のカレー好きだけが知る快感だよなぁ♪

レトルトなのに『タイで食べた』とな?

スーパーで見かけた気になる製品名、なにやら喧嘩を売られているようなので、サクッと購入。タイカレーは十八番のメニューだけに『タイで食べた』らどんな味なのか気になるのだ。

で、食べてみたわけだが、う〜ん、どうだろうねぇ。具材はフクロタケや竹の子、ハーブもきっちり効かせてあって、本格的にタイっぽくはあるのだが、やはり辛さは日本人向けのマイルド。私にとっては「甘口」である。タイで食べたら、もちっと辛いはずだぜ。

ただし、この『タイの台所』というブランド自体は私も愛用しており、本場のカレーペーストやスパイス、ソース、ナンプラーなどを輸入しており、日本国内で入手できると知った時には狂喜乱舞したものだ。

なお、画像の調理済みのカレーに添えたのは温泉たまごの巣ごもりサラダ。千切りキャベツをたっぷり器に盛り、真ん中を窪ませたら温泉たまごをポチョリ。あとはマヨネーズだろうがドレッシングだろうがポン酢だろうがお好きな味付けをして、たまごを潰してグッチャグチャにかき混ぜてから食べる。ちとお行儀は悪いけど、たまごの甘さがカレーを引き立てる我が家の名脇役。ぜひお試しあれ♪

2008年8月30日土曜日

ポニョの煮付け at 修善寺

先日、甥っ子と『崖の上のポニョ』を観に行った。映画を満喫した後、食事に入った寿司屋で伊豆特産のキンメダイの写真を見た甥っ子が喜んだ。
「うわぁ〜、ポニョの妹だぁ〜♪」
確かに赤くてキトキト、ギョロっとした目玉は、津波となったポニョの妹たちに見えなくもないなぁ。

んで、今日は、そのポニョの妹(声:矢野顕子)……ではなく、キンメダイの煮付けをおいしく頂いたわけだが、残念ながら私の手料理ではない。夫婦で修善寺にある温泉施設、伊豆温泉村に遊びに行ったのだ。

ここは、静岡東部でその名を知られた地ビール、御殿場高原ビールをつくっている時之栖(ときのすみか)が経営している施設。もうね、お風呂も、食事も、もちろんビールも満腹満足。伊豆へ御旅行の際にはお立ち寄りいただいて損はない、つーか、宿泊施設も併設してるから、ここを目当てに足を延ばしていただいてもいいくらいの充実ぶりなのである。

なお、ぜひ試していただきたいのがイスラエルの死海の塩を高濃度で溶かした“塩の湯”。ここんとこ、暑さと疲れから全身に汗疹が出ている私は浸かった途端、滲みて滲みて、痛みで悶え苦しんだのだが、Mっ気のある同好の諸兄におかれましては、それっくらいは耐えていただきたい。おかげさまで、ジクジクしていた首筋の汗疹が一気に快方へ向かいそうな気配。

しかし、伊豆へ一時間、箱根へ一時間、富士山麓の朝霧高原へも一時間、鮮魚を仕入れに漁港へはいついかなる時でも即時。もうね、うちってば理想的な立地条件だわ。いつでも隠居オッケーですわ(w

2008年8月28日木曜日

チキン南蛮!

食べ過ぎてハンパない苦しいので短めに……うまかったぁ〜♪

タレのレシピは宮崎直伝、タルタルソースはピクルスではなく甘ラッキョウを使った和風仕上げ。

もうね、これはね、金が取れるおいしさ。居酒屋こたろ亭の看板メニューになるわ、いやマジでさ。

『最後の忍者 どろんろん』 〜後編

さて、続きである。まずは藤田西湖とはいかなる人物か。

藤田西湖(ふじた せいこ、1900年(明治33年) - 1965年(昭和40年))は、甲賀流忍術を受け継いだ武術家。甲賀流忍術第14世を自称し、「最後の忍者」という異名を持つ。甲賀流忍術以外に南蛮殺到流拳法、大円流杖術、心月流手裏剣術、一伝流捕手術も継承していたとされる。

ただし、現在も川上仁一や初見良昭など忍術を伝承したと称する武術家が複数存在するため、藤田西湖が本当の意味での最後の忍者と言えるかどうかには異論がある。言わば一種のキャッチフレーズといえるが、その能力をもって政府機関に所属したという意味では「最後」ともいえる。

太平洋戦争中は、陸軍中野学校において南蛮殺到流拳法を指導した。(甲賀流忍術を指導したとする説もあるが、藤田は甲賀流忍術は誰にも教えなかったとされている)

以上、ウィキペディアからの転載である。

自叙伝によると、物心付くやいなや山伏の後を追いかけて家出。山中深くで修験道の修行共にするなどのやんちゃ三昧。その生まれついての素質を見込まれ、先代の祖父より甲賀流忍術の道統を伝授される。

祖父の逝去後、再び山中に入り、修験道の修行により千里眼の神通力を身に付け、評判を聞き付けた福来友吉東大教授の研究対称となる。

道場破りに行った先でコテンパンにされた謎の老人に南蛮殺到流拳法なる武術を伝授され、手刀で太い竹筒をオカラのごとく叩き割る恐るべき当身技を身に付ける。

学生時代には新聞社の記者として忍術を使って内偵を行い、大スクープを連発。さらには誰も借り手のない幽霊屋敷に陣取り、神通力を使って“生き神様”稼業を始め……

この続きは興味を持った方のお楽しみのために詳しくは書かないが、後藤新平、甘粕正彦、小泉又次郎(小泉純一郎元総理の祖父、元とび職で入墨があったことから「いれずみ大臣」の異名を持つ)、伊達順之介(壇一雄の小説『夕陽と拳銃』の主人公のモデルとなった満州馬賊) 石原莞爾、土肥原中将、皇族閑院宮殿下、陸軍中野学校(市川雷蔵の映画でその名を知られた日本陸軍のスパイ養成機関)と、出るわ出るわ、随所に戦前、戦中、戦後を彩ったビッグネームと知られざる秘話の目白押し。

まさにこの自叙伝は日本の隠された裏の歴史そのもの! とヨイショしたいところだが……四十才を前にして、私も疑り深くなってたりするのだ。

武道武術を嗜む者にとって、藤田西湖氏といえば甲賀忍者という肩書きとともに、一流の古武術研究者としての顔も有名である。本書にも出てきているが、GHQの迫害によって散逸し、消え去りそうになった日本武術の伝統が今に伝わっているのは彼の功績によるところも少なくない。そういった意味では、藤田西湖氏は本物だ。

ただし、だ。武道武術の世界はすべからく虚々実々、まさに生き馬の眼を抜く虚実皮膜の世界である。本書にも、その独特の“うさん臭さ”がプンプンしている。

・時代が違うとはいえ、わずか6才の子供がひとりで山に入り、修験道の行者と何か月も過ごせるものか?

・なぜ藤田氏の祖父は、自らの息子に忍術を伝授せず、孫である西湖氏に道統を託したのか?

・南蛮殺到流拳法発祥であるという薩摩の地に同流が残っていないのはなぜか? また、本書によると初代は鳥羽伏見の戦いで拳を振るった薩摩武士であり、藤田西湖氏が三世であるというが、それ以前の系譜は?

上げつらえばキリがないほどツッコミどころはある。しかも、このいずれもが、武道武術における、ある種の典型的パターンにあてはまるのだ。

幼い頃の神隠しで特殊能力を得るだの、一世代を飛ばした一子相伝の伝承だの、道場破りで負けての入門だの、(本来ならば武道流派が何よりも大事にするはずの)道統の不確かな流儀の継承、軍隊との不離不即の関係と特務機関での密命(故に正規の記録は残らない)などなど。いやはや、もう怪しいの怪しくないのって、そりゃもうワクワクしちゃうくらいだ。

このあたりの筋立て道具立ては、戦前の子供たちが夢中になった立川文庫などの講談本にいくらでも見いだすことができる。つまり、本書は藤田西湖氏のホラ話か? ……と考えるのはまだ早い。

武道武術の神髄とは、言い換えれば経験と探求の蓄積である。そして、その伝達は直接指導の面授面受でなければまず不可能である。藤田西湖氏が身に付けた術技や知識は独学で仕入れたり、でっち上げたりできるものではない。そこから推理するに、本書の裏の裏には戦後になってもなお公にできない事情なり人物なりが介在していたのではないだろうか? その本当の秘話の部分を講談本からのエピソードに仮託していたのだとしたら?

藤田氏に限らず、この時代を生きた武道武術家にはこういったケースが多い。大本教の出口王仁三郎とともに大陸雄飛した合気道の植芝盛平、特務機関員あがりなら、少林寺拳法の宗道臣(そーいや氏の通称カッパの本『秘伝少林寺拳法』(絶版)も同じ臭いがプンプンするな)、天風会の中村天風、沖ヨガの沖正弘らの名前がすぐに出てくるだろう。

野口整体の野口晴哉は、もっとも身近だった未亡人(しかも彼女は近衛文磨の娘だ)が書いたエッセイ『回想の野口晴哉』を読むと、あの技術をどこで学んだのかはっきりと記述していないのに、売り出し中の頃には不動金縛りの術で地廻りのチンピラを追い返したり、近所で評判の幽霊屋敷(!)を借りて施術所を開いたことに関しては事細かに書かれている。

さて、この事実をどう受け止めるか。そのウソ、ホントか? ホントのウソか? 

なお、本書に散見される術技や稽古法についての記述は、基本的に真実である。貫手を鍛える方法や、日本古武術における恐るべき当身の威力などは、私自身が関口流柔術に入門して学んだ事柄と重なる部分も多い。また、かなりのページを割いて説明されている甲賀流忍術の諸技術については、平成の世である今読んでも非常に興味深い。神通力や霊能力、超能力についても、ちょっとおもしろい記述が散見される。こればっかりは、その世界を知らない人にとってはデッチあげのヨタ話としか感じられないだろうが。

最後に蛇足ながら、元物書きのハシクレとして一言。文章を書く際にはふたつの鉄則がある。

『十のうち九つは真実を書き、ひとつだけ大嘘をつけば、その作品は見事なノンフィクションになる』
『十のうち九つは嘘っぱちでも、中にひとつだけ揺るぎない真実を織り込めば、その作品はリアリティ溢れる小説になる』

『虚実皮膜』芸術論を唱えた近松門左衛門も驚くマカ不思議な世界を、本職の物書きでないのにも関わらず書き上げた藤田西湖、恐るべし! 武道武術の修行者にはぜひ御一読をお勧めしたい奇書ナンバー1である。


『最後の忍者 どろんろん』(藤田西湖著/新風舎文庫/ISBN4-7974-9488-3)

2008年8月27日水曜日

『最後の忍者 どろんろん』 〜前編

小学校低学年の頃、学校に忍者がやってきたことがある。いや、別に私の母校に極秘資料が隠されていたり、校長先生がお殿様の末裔で、暗殺対象になっていたりとかってワケではない。全校生徒が体育館に集まって、忍者のおじさんの講演を聞き、忍術の実演を見たのだ。課外授業のようなものだったのだろうか。

忍者のおじさんは黒装束の上から陣羽織を着た頑強そうな初老の男性で、やたら声が大きかった。演壇上を動き回りながら、体育館の隅々まで響き渡るような声を発していた(30年も昔のことだからワイヤレスのPAシステムなどは存在しない。テレビ収録の時、コント55号がステージを駆け回るのでマイクが音を拾えず怒られていた時代だ)。

忍者の七つ道具の紹介や、高い塀を乗り越えたり身を隠したりする体術、手裏剣の演武などが行われたが、ひとつ演目を行い、私たち生徒から感嘆の声が上がる度に、忍者のおじさんは「やればぁ〜できるっ!」と何度も大音声を響き渡らせた。しかし、それが手裏剣などの危険な技の場合は目玉をギョロッとさせて「絶対に真似をしなぁ〜いっ!」とも一喝していた。

今の生意気な小学生ならば「どっちやねん!」とすかさずツッコミを入れるだろうが、30年前の子供たちは、おじさんが声を張り上げるたびにビクッと身体を小さく震わせつつ舞台に釘付けになっていた。

その時に見た忍者のおじさんの技の中で、今でも鮮明に覚えているのは“気合術”だ。

若い男の先生を壇上に呼ぶと、彼を使って様々な技を披露してみせた。身内の人間を使わないことで『ヤラセ』でないことを証明したかったのだろうか。

自分に襲いかからせ、それを「エイッ!」と気合で動けなくする不動金縛りの術、二脚の椅子の間に腰を宙に浮かせた状態で横たわらせ、気合で身体を硬直させておなかの上に乗ってみせる人間椅子、女の先生を呼んで、気合で力を強くするなんてのもやった。男の先生がどんなに頑張っても、彼女の腕を押さえ付けることができず、あげくに跳ね飛ばされてしまう始末。

最初はうすら笑いを浮かべていた男の先生も、あれこれとキリキリ舞いさせられ、表情を引きつり顔面は蒼白となっていた。普段は怖い先生だっただけに強く印象に残っている。

〜〜〜

あれから幾星霜、すっかり忘却の渕に追いやられていた少年時代の記憶を鮮明に甦らせてくれた一冊こそが、甲賀流忍術十四世藤田西湖の自叙伝である『最後の忍者 どろんろん』(新風舎文庫/ISBN4-7974-9488-3)なのであります。この本、ただの忍術修行者が書いた自慢話と思ったら大間違いだよ、お立ち会い。生きた時代と経験が桁違い。波瀾万丈、疾風怒濤の生き様は、マスター○見も水蜘蛛履いて逃げ出そうってくらい面白いったらありゃしない。

影の軍団、服部半蔵も「甲賀もなかなかやるな!」と認める天魔伏滅の面白さ。皆々様に熱くご紹介させていただきたきところなれど、我が身すでに鉄なり。我が心すでに空なり。ちょうど時間と相成りました。続きは明日の講釈にて!

(弁士深く一礼。すかさず柝の音がチョーン、お囃子とともに緞帳下りる)

暗いと不平を言うよりも……


新居の建築もいよいよ佳境に入り、施主に襲いかかってくるのは決定事項の嵐である。外壁、内装の壁紙、そして照明などなど。いずれも電話帳よりも厚いカタログがもれなく付いてくる。

おかげでここ数日は毎夜の家族会議。正直、この作業は少しシンドい。基本的に指名買いしかしない私には、大量の製品の中から『コレ!』という品を選ぶ行為は苦痛に近いのだ。早々にカタログとの戦闘を放棄。「棟梁を信じて任せちゃおうよ」と外壁と壁紙は棟梁に下駄を預ける。

棟梁、話を振るとうれしそうにニマァ〜と笑顔を見せて「和室、ちょっと冒険したいんですよ。壁は和柄で、床の間は濃い色で奥行きを出して……どうですかねぇ?」
これまでの仕事で彼のセンスの良さは承知し、信頼している。もちろん快諾。

照明は棟梁も専門外なので丸投げするワケにはいかない。嫁さんはカタログと首っ引き。選ぶこと、悩むことを楽しめる性格らしく、分厚いカタログには日々付箋が増えていく。こっちは彼女主導でセレクトしてもらうとしよう。

まだ、トイレや洗面所も選ばなきゃならないんだよなぁ……家を建てるってのは、えらいこっちゃ!

2008年8月22日金曜日

名刺



忙しすぎて自分でつくっているヒマも余裕もないので、ネットでオーダー。少しカ○ロプラク○ィックっぽいデザインだけど気にしない。骨っぽさのあるテンプレートはコレしかなかったんだもん。そしたら、なんと驚いたことにエアメールでデンマークから届きやがった。なんてボーダーレス。あしたか気功整体院は開業前に海外に名前を轟かしてしまった……のかな?

2008年8月20日水曜日

夏野菜の和風パスタ


「ディ・チェコやブイトーニじゃなければパスタじゃない……そんな風に考えていた時期がオレにもありました」

今じゃスーパーで一番安いプライベートブランドの1kg大袋入りをおいしく食べてたりするから変われば変わるもんさ。しかし、いくら安いったって、この半年で倍近く値上がりしちゃシャレにならんよなぁ。

さて、今日は夏野菜たっぷりのパスタ。材料は以下の通り。

《材料》
パスタ  2人分
ベーコン 2枚
オクラ  5本
トマト  1個
ミョウガ 2本
大葉   10枚
キュウリ 1本

サラダ油

輪切り唐辛子
こぶ茶    各適量

《作り方》
1.たっぷりの塩を入れたお湯でパスタを茹でる。時間は指定マイナス1分。茹で汁を1カップ取り分けておく。

2.フライパンに油をしき、輪切り唐辛子を散らす。香りが出たら細切りにしたベーコン、大きめに切ったオクラ、角切りにしたトマトを入れて炒める。

3.パスタを湯切りし、フライパンへ。取り分けた茹で汁、こぶ茶を入れて1分。

4.皿に盛り付け、千切りにしたキュウリ、ミョウガ、大葉を乗せて出来上がり。

ざっくりとかき混ぜて食べれば夏の香りが口いっぱい広がる……けど、正直言って千切りキュウリだけは余計だったかなぁ。冷製ならバッチリだったんだろうけどね。

2008年8月18日月曜日

フライパンに咲くヒマワリ

餃子である。嫁さんの力作。こればっかりは彼女に敵わない。

餡は豚挽き肉、キャベツ、ニラ、ニンニクにショウガ。皮は大判厚手のモッチモチ。餡と皮の間には夏らしく大葉を挟み込む。

焼きは私の担当。浜松風にフライパンに丸く並べてジックリと、なおかつカリッと焼き上げる。

ちなみに豆知識。浜松餃子は地場産業であるバイク工場の工員さん相手の屋台が発祥のため、今でも業務用の焼き機を使わず、フライパンにこだわってるお店が多いぞ。

ラー油をたっぷり効かせた酢正油と、おろしポン酢で交互にハフハフうまうまぁ〜♪

2008年8月17日日曜日

右ぃ! 左ぃ! ヨッシャあァ〜!!

タイトルを見て、3つボタンの遊戯機械を連想した人、残念! 金太郎のアレの話ではないので念のため(w

現在では生まれついての左利きは無理に矯正するものでないという教育が一般化しつつあるが、私の子供の頃は「左利きは直す」のが当たり前だった。かくいう私も生まれついての左利きだったらしい。

“らしい”というのは、幼い頃に左肘を骨折して、一年以上ギブスで固定され、その後も筋肉の衰えによって、しばらくは左手で自分の鼻さえ摘めない状態が続いたため、結果的に矯正されてしまったようなのだ。

その影響で子供のころに色々と苦しんだ。もちろん、それが利き手の矯正に起因するものであるとは考えもしなかったが。

代表的な弊害である鏡文字は小学校に上がってからもよく書いていた。今でも手の付けられない悪筆。箸の上げ下ろしも相変わらず褒められたものではない。球技はまったくダメ。右手では思い通りに打てない、受けられない、投げられない。かといって左手も上手に使えない。野球もバレーもドッジボールもミソッカスの万年補欠、体力測定のソフトボール投げは毎回が悪夢だった。結果、自分を『運動音痴』だと思い込み、長い間コンプレックスに苦しんだ。

しかし、それ以上にシンドかったのは『空間認識の混乱』だ。小学校高学年になっても左右を瞬時に判断することができず、左肘の手術跡で確認していた。自動車教習所では教官の出す指示とは逆に曲がってケチョンケチョンに怒られた。ハンドルを握っていると袖をめくれないからね。タクシーに乗れば、行きたい方向と反対の指示を出し、運転手さんに何度舌打ちされたか。それからは常に「想像のお箸と茶碗」を汗ばんだ両手に持ち、ドキドキしながら右左折をお願いしていた。

現在ではそれほど不便を感じることも混乱することもなくなってきた。特別な対策をしたわけではないから、習い性というヤツだろうか。ありがたいことだ。患者さんの身体を触るのに右と左を間違えていたら大事故になることだってあるのだから。

それでも念には念を入れて自分専用の問診表をつくってみた。今までは師匠が御自分で使われている問診表を分けていただきコピーして使っていたのだが、これに印刷されている人体シェーマ(人型の線図)の配置に違和感があったためだ。正面と背面の図を左右入れ替えて、“L”と“R”の字を大きく書き添えた。これで「あれっ、患側はどっちだっけ?」と一瞬戸惑うこともなくなるだろう。些細な事ではあるが用心するに越したことはない。

そーいえば、ちょっと前までは夢中だった「右ぃ! 左ぃ! ヨッシャあァ〜!!」のアレで押し順ナビを間違えたことはなかったなぁ。本来の利き手である左で押してたから? いやいや、集中力の賜物だろう。あの一心不乱の精神力を持って施術にあたれば左右を間違えることなんてありえないってことかな(w

2008年8月16日土曜日

釜揚げシラス丼

義妹夫婦から、サクラエビと並ぶ駿河湾名産であるシラスをもらったので、ありがたくいただく。

丼飯に刻んだ久能ネギを散らしたら、釜揚げシラスを豪勢に敷き詰めるだけ。あとは刻み海苔、大根おろし、おろしショウガをお好みで。仕上げに正油をかけ回したら、ワッシワッシとダイナミックに掻き込む。

うンみゃあァ〜♪

夏の花火


先日、母の故郷に里帰りした実妹から、懐かしい風景の画像を送ってもらった。

山に囲まれた入り江の半農半漁の集落。昔ながらの石畳の細い路地を歩けば「ああ、タバコ屋(母の実家の屋号)のヤエコさんの……よう来たねぇ」と誰もが声をかけてくれるような、知り合いばかりの小さな村。

お墓は高台にあり、お参りにみかん畑の間の急な坂道を昇っていくと、眼下には穏やかな海が広がり、焼き玉エンジンのポンポン船のエンジン音が遠く聞こえたもんだ。日が暮れると、浴衣姿のきれいな従姉妹のおねえさんたちが一緒に花火で遊んでくれた。浜からは盆踊りの太鼓の音。花火に照らされるおねえさんの横顔に見惚れた夏の夜、あれが初恋だったのかもしれないなぁ。ちょっとばかりノスタルジー。

お気に入りの甥っ子にも、大きくなって思い出せる懐かしい記憶を残してやれればと一緒に花火をしてみた。現在四才。第一次反抗期に入りつつあり、まさに生意気盛り。それでも花火の点火は少し怖いらしく、ロウソクに寄せた穂先から火花がシュッと吹き出すたびに、大げさなくらい全身をビクッと震わせる。しかし、すぐに鼻の穴を膨らませて「自分で点けたんだよ!」とばかりに得意げな表情を見せる。

その様子がおかしくも愛しくて、何本も何本も彼に花火を手渡す。彼が大人になった時、『ニイニぃ』の事を懐かしく思い出してくれるとうれしいなぁ。いやはや、とんだ親バカならぬ伯父バカだね。

2008年8月15日金曜日

夢ふくらむ診療室



棟梁が盆休みをギリギリまで返上して頑張ってくれたので、診療室が一応の完成となりました。残りは電気屋さんと内装屋さんの仕事です。腰上のクロスは落ち着いたホワイトを考えています。棟梁によると、その方が腰板や床の木目が美しく見えるとのこと。

約11畳の我が城、レイアウトをどうしようかなぁ。鑓掛けはここかな。六尺、三尺、木刀で最低でも三本は掛けられないとなぁ。手固めの砂袋はこの隅で。あっ、大きい姿見も準備しないとなぁ。おっと、神棚も忘れちゃいけないよな。南向きか西向きだから、このコーナーしかないよな。

やさしい木の香りに包まれていると妄想は限りなく暴走していく……ん、あれぇ? ここって道場だったっけ?

2008年8月14日木曜日

夏のスープカレー

具は鶏肉、じゃがいも、にんじん、パプリカ、オクラ、ゆで玉子。油で炒めて、水を足してやわらかくなるまで煮込み、既製品のスープカレーのルーを入れる。

ただし、ひとつだけパッケージの作り方と違うのは、煮込む時の水の量を半分にして、足りない分はトマトを使うってこと。

特売の徳用品を3〜4個、「多すぎるかな?」ってくらいを皮をむき、ざく切りにして形がなくなるまで煮込めば……お日さま味のスープカレーやぁ〜♪

豆知識:シャバシャバすぎるスープカレーが好きじゃない人は、具のオクラを小さめに切って入れてみよう。適度に粘りが出て、ご飯との絡みがよくなるぞ(^_^)

2008年8月12日火曜日

豚のさっぱり焼き

最近、ミツカンのテレビCMに登場した料理を試しに作ってみたら、これが見事にウマい。適度な酸味は夏にピッタリ。しかも、いつもなら歯ごたえ満点のカナダ産380円の特売ショウガ焼き用ロース肉がお酢の効果で驚くほど柔らかくなる。よく言う「箸で切れる」ってやつね。

もうね、週に一度はコレを作ってます。レシピはコチラ

2008年8月11日月曜日

狙われた世代?

R35とか、アラフォーとか、MTV第一世代の洋楽を使ったCMとか、20世紀少年とか、なんと仮面ライダーキバにはおにゃんこクラブとか、一世風靡セピアとか、ジュリアナファッションとか、ゴツい肩パット入りのダブルのイタリアンスーツとかが出てきたりと、とにかく最近のメディアにはオイラ世代が「懐かしい」と感じる仕掛けに満ち溢れている。

つまりこれは我々がメインの消費世代と認識されているからに他ならない。「そんな風に受け止められても、吐き出す金はねーぞ! 踊らされるもんか!!」と思ってたのに、3時のおやつにアイスを買いに行って、ついつい手にしたのは懐かしのコレ。思いっきり踊らされてるやん(-_-;)

バニラとチョコが5本づつ入ったファミリーパックが525円でした。1本50円かぁ。30年で倍以上の値上がりだなぁ。バニラの味は……こんなにお上品だったっけ? なお"当たり"は入ってない模様。明日の10時のおやつはチョコ味。今から楽しみぃ♪

2008年8月10日日曜日

休日メシ

《昼》イタリア風(?)ソーミンチャンプルー

冷蔵庫と相談して在庫整理を兼ねてのメニュー。

1.ソーメンを表示よりもちょっと短めに茹で、ダマにならないようにゴマ油を絡ませておく。

2.キャベツとピーマンを炒め、火が入ったら汁を絞ったツナ缶を投入。1.のソーメンを入れて鍋を煽ったら塩コショウ、正油をひと回し。最後に角切りトマトを入れる。

3.皿に盛り付け、細切りチーズをちらし、その上に削り節をのせる。




《晩》正統派洋食風オムライス

1.缶入りのトマトソースを半分に分け、1/2でケチャップライスをつくる。具はシメジにピーマン、タマネギにベーコン。炒めたら冷や飯を入れ、トマトソースで和える。塩コショウ、正油で味を調整。薄味推奨。

2.タマゴ2個と牛乳少々で薄焼きをつくり、ケチャップライスを包む。

3.フライパンで料理酒のアルコールを飛ばし、残り1/2のトマトソースとまぜる。味見しながらケチャップ、ソースなどでお好みに調味。

4.付け合わせは茹でブロッコリー。ソースをかけたら乾燥パセリをパラパラ。

お宅に専属メイドさんがいらっしゃる方は、絞り出したケチャップでハートマークやイニシャルを書いてもらって、お口まで運んでもらうのも乙かも。ま、そーいう人は自分でキッチンには立たんよなぁ。

夏の風景

駿河湾から千本松原を越え、水田の緑を揺らし、茶畑を育む夏の風が吹き込む南向きの窓です。

2008年8月9日土曜日

店舗スペースの内装作業

暑い中、着々と施工は進んでいます。棟梁は汗をかきかき休日返上。ありがたいことです。

画像は診療室になる店舗スペース。板張りの床に腰板をまわして道場風に仕上げてもらうことになってます。武者窓も付けたかったのですが、さすがに嫁さんには却下されました。残念!

2008年8月8日金曜日

Can't Play The Blues (In An Air-Conditioned Room)

暑い。

と無駄に装飾して書いたところで涼しくなるわけではないが、やっぱり暑い!

エアコンは故障して頼みは扇風機と氷枕のみ。終日窓は開けっ放しだから、夜中に蝉が飛び込んできて、一晩中猫と追っかけっこ。そして寝不足の朝、起きると枕元の時計に付いた温度計がすでに30度を越えてたりすると、ンもぅね、なんつーか。

そんな時でも私のようなブルーズマンは、慌てず騒がず「へっ、エアコンの効いた部屋でブルースが弾れるかよ!」とクールに言い放てるといいんだけど(泣)

ただまぁ、確かにブルースはその歴史から考えても暑さとは相性がいい。というワケで、私からの暑中見舞い代わりに送るのはBlues Brothers BandのRED,WHITE,&BLUESから、そのまんまタイトルの“Can't Play The Blues (In An Air-Conditioned Room)”。ただし、私のi-Tunesからファイルをアップすると著作権やらなんやらでヤヤコシイことになりかねないので、アメリカのファンサイトBlues Brothers Centralより、海賊版mp3ファイルをどーぞ♪ 


2008年8月7日木曜日

『第三の脳 皮膚から考える命、こころ、世界』

昨日、ギターと指先の話を書いたので、せっかくだから一冊紹介。

著者である傳田光洋氏は資生堂の研究員。もちろん皮膚の専門家であるのだが、完全な学究畑の人ではないため、興味の持ち方や発想がフツーの学者さんとはひと味もふた味も違う。

『皮膚は未知の思考回路である』や『皮膚科学から超能力を考える』、『皮膚がつくるヒトのこころ』などなど、見出しだけを書き出すと『ムー』とか『トワイライト・ゾーン』もびっくりのトンデモ本かと思わせておいて、非常に真面目な皮膚科学の最先端のハナシだったりする。しかも、語り口はソフトかつ丁寧で、予備知識なしでも楽しく読めちゃう。

ちなみに指先の感覚についても言及されている。たとえば、職人の世界ではミクロン単位の変化を触っただけで感じ取ることができる達人がいるのはご存じのはず。かくいう私の整体の師匠も背中の皮膚、さらにはその上の服の生地を通して、その下にある脊柱の状態をピタリと言い当てる。初めて見た時には「この人、指先からX線が出てるんじゃなかろうか?」と思ったほどだ。

しかし、指先にある圧点や痛点(いわゆるセンサー)はミリ単位の間隔でしか存在しない。じゃあ、この隙間を皮膚はどうやって埋め、どのようなシクミで感じているのか?

また、その感覚は特殊なものではなく、一般人にも備わっており、それが女性が自らの髪の毛の質や滑らかさにこだわる大きな理由になっているとしたら? だって、髪の毛の表面に並んでるキューティクルお整列はミクロン単位。知れば自分の指先をマジマジ見直しちゃうくらい不思議な世界がそこにはあるのだ。

「だから、私がギターの弦を次々に張り替えるのは無駄でもなんでもない!」ってリクツが嫁さんに通じないところがちと悲しいけどね。

ちなみに、画像はこの本の腰巻き(販促用の紙帯)。ここに本文中に登場する“触覚の錯覚”を実感させる特殊印刷が施されている。書店でこの本を見つけたら、これを触るためだけでもいいから手に取ってほしい。絶対読みたくなるから(w この発想は作者氏によるものか、編集氏によるものかは分からないが非常におもしろい。こーいう遊び心のある本、好きだなぁ。普段、本を買うとまずは腰巻きをひんむいて捨てる私が、これは大事に取ってるんだから間違いないって!

『第三の脳 皮膚から考える命、こころ、世界』(ISBN978-4-255-00401-3/朝日出版社)

2008年8月5日火曜日

RJの指

ギターの弦を張り替えた。

つい二週間前に張り替えたばかりだけど、なんとなく指先の感触が気に入らなかったので再度チェンジ。決して安い弦じゃなかったんだけどなぁ。いままでは3セット800円の安物でも不満を感じたことはなかったのに、今回はギターを触るのが嫌になるくらい気持ち悪かった。身体感覚の先鋭化にともなって指先の感覚も鋭敏になってきているのかなぁ?

新しい弦はちょっとだけ奮発してエリクサーにする。フォスファーブロンズのナノウェブ・コーティング、ライトゲージ、2205円也。巻き弦(3〜6弦)の表面を特殊な極薄樹脂でコーティングしてあり、指ざわりはさすが滑らか。これならば練習に集中できる。なにしろ、この秋には友人の結婚式で一曲披露することを約束してしまったため、気合いを入れなければならんのだ。もしかしたら新婦の友人が私の演奏する姿を見染めてくれんとも限らんからなぁ(w

ところで、男性の長い指は、女性を魅了するセックスアピールになるらしい。だから「ミュージシャンは女性にモテる」らしい。特に薬指はナニの長さに対応しており、それを女性は無意識に見てとるのだとか。ホンマかいな?

私が指の長さで思い出すのはロバート・ジョンソンだ。クロスロードで悪魔と取り引きして超絶ギターテクを手に入れ、27才で謎の死を遂げた伝説のブルーズマン。そーいや彼にもヤリ○ン伝説がある。一説によると彼の死は、女房を寝取られた男に毒殺されたとも言うし。上の写真がロバジョン。この手の大きさ、指の長さはちょっと常人離れしている。これならば「悪魔と取り引きした」と噂されたのも分かる気がする。色気よりも不気味さを感じてしまう。

ちなみに私も手は大きい方なので、同じポジションで同じように指を置いてみたのだが、ロバジョンと比べると、どう見てもズングリムックリ、特に基節骨(指の根元の骨)の長さが大人と子供。我ながらセックスアピールのカケラもない。私もギター抱えて悪魔の現れる四ツ辻を探しにいこうかなぁ(w

仙腸関節



ここ数日、腰の調子が悪い。

どうやら古傷である右の仙腸関節がまたも微妙にズレているようだ。これくらいなら軽症にも入らないくらいだし、患者さんなら一回完治コースなのだが、自分のこととなると、さすがにそうはいかない。「自分で自分を治せたら、そりゃ神様やなぁ」と御宗家もおっしゃっている。確かにその通りだ。とはいえ、手はあるのでボチボチと調整するとしよう。

整体術を学び始めてから『身体のどこが、どう調子悪いのか』をかなりの精度で感じられるようになった。最初は自分にこれほどの身体感覚があることに驚いたが、よく考えてみれば当たり前。我と我が身のことだからね。逆に、この感覚を今まで使っていなかった(気付いていなかった)とは、私も肉体に関して無関心で怠惰となった現代人のひとりだったワケだな。

しかしまぁ、一般の患者さんはそれが当たり前。どこがどうだと言う前に「痛いんです」「辛いんです」「なんとかしてください」ってのが普通。施術を受けにきて「第五腰椎が右にズレています」とか「上腕骨頭が関節からすべり出しています」とか言い出したら……同業者がスパイに来たと思って間違いないよなぁ(w

2008年8月2日土曜日

スパニッシュオムレツ

我が家の定番手抜き料理。朝昼晩を問わず、ボリューム満点で材料も安いためヘビロテメニューとなっている。

1.玉子4個分の卵液に小さめの賽の目に切ったプロセスチーズを混ぜ、塩コショウで下味を付けておく。

2.薄いイチョウ切りにしたじゃがいもと短冊切りのベーコンをフライパンで炒める。

3.じゃがいもに火が入ったら卵液を流し入れ、両面をこんがり焼く。


今回はケチャップとパセリでお手軽に。予算と暇のある方はサルサソースやアボガドディップを試してみては? お口の中にサンタ・フェの風が吹きわたるかもよ♪

お風呂が付きました。

長風呂が大好きな私の癒しの空間が完成間近。バスタブはローズピンクだよん♪