2013年11月27日水曜日

『炭水化物が人類を滅ぼす』を読んで糖質制限ダイエット実行中!

 患者さんからの良くある質問。
「先生、痩せる整体ってないですか?」

 これに対する私の返答は決まってこうだった。
「もし、そんなものがあれば、今頃私は億万長者ですよ」

 事ほど左様にダイエットとは難しい……と、考えていた時期が私にもありました。一冊の本と出会うまでは。

 その本とは夏井睦氏の『炭水化物が人類を滅ぼす 〜糖質制限からみた生命の科学』。

 形成外科医である夏井氏は『傷はぜったい消毒するな』という一冊で創傷治療に大変革を起こした人物。すなわち、それまでの常識である受傷後の消毒、ガーゼによる乾燥を否定して「ラップを巻く」ことで傷の治りを早めた上に傷跡も残さないという驚異的な治療法『湿潤療法』を提唱し、医学界にパラダイムシフトを起こしたのだ。キズパ○ー○ットなどフィルムタイプの新しいタイプの絆創膏が世に出たのは氏の功績といってもいいだろう。興味のある方は、氏のホームページ新しい創傷治療を見ていただきたい。

 この『傷はぜったい消毒するな』が非常に面白い本だったので、、なんとなく『炭水化物が人類を滅ぼす』も手に取ってみたのだが、この時はダイエットしようなどという気は微塵もなかった。糖質制限についても漠然とした知識こそあったものの、凡百あるインチキまがいのダイエット法と似たり寄ったりのものではないかと疑っていた。

 しかし、だ。あえて内容は割愛するが、本書は予想以上に面白く、私の知的好奇心を非常に満足させてくれた。そして「自分でも糖質制限を行ってみよう」と。

 私自身は糖尿病ではないし、体重こそ78.8kg(ちなみに身長170cmなので標準体重は63.6kg)と標準を大きく越えてはいるが、見た目よりも骨太の筋肉質なので、こんなものだろうと考えていた。少々太すぎる腹回りも年齢なりではないか、と。それでもダイエットに挑戦してみようと思ったのは、本書の内容が非常に刺激的で、ぜひ自分の身を持ってこれを体験してみたかったからだ。

 やり方は実に簡単。

1、ご飯、麺類、パンなどの主食の摂取を一切止める。
  メニューによってはご飯を豆腐に置き換え。

2、おかず類はそのまま。
  厳密に糖質制限するには調味料としての砂糖やイモなどの根菜類も避けるべきらしいのだが、私は気にせず。

3、お菓子スナック類厳禁
  これは言わずもがな。しかし適量の果物類と“たまのご褒美”はOKとした。

4、お酒はビールと日本酒がNG
  スタート時には禁酒していたし、私は元から基本麦焼酎しか呑まないので問題なし。

 やったのは、本当にこれだけ。嫁さんも「私もやってみたい」と言うので、二人で試しに一週間だけ……と思ったのだが、四、五日して体重を計ってみると、その時点で76kg台まで落ちていたのだ。

 いきなり2kg減!? これまでジョギングをしても、スイミングをしても75kgを切るのに何ヶ月もかかったのが噓のような急激な減少。その後の体重の推移は下のグラフの通り。


 飢餓感も苦痛もなく、信じられないくらいスルスルと体重が落ちるとともに、体調の変化が表れた。

 まずは排便の変化。それまでほぼ毎日催していたのが、糖質制限開始直後には数日間の便秘になる。それでも体重は減って行く不思議。一週間ほどでしっかりとした量が出るようになり、現在ではだいたい二日おきのペースとなっている。

 そして内臓脂肪の減少。これは趣味のハーモニカを演奏していて気がついた。体重が75kgを切るようになってから、自分の吹く音がやたら心地よく感じられるようになったのだ。急に上達したわけではない。なんというか腹に響くのだ。息も長く続くようになりロングトーンも清々と、ベンドやバンプといったテクニックも無理なく出来るようになる。さらには、演奏時に自分の横隔膜の動きを感じられるようにまで。きっと腹腔内の内臓脂肪がデッドニング材として音の響きを抑え、横隔膜にぶら下がった重りとして動きを制限していたのだろう。

 一週間ほど前から飲酒も再開。それでも体重の減少は止まらず。ある日などは呑みすぎてしまい、明らかに体内にアルコールが残った状態で目覚めたのだが、それまでの二日酔いにあったような頭痛や胃もたれ、嘔吐感など一切皆無。当たり前に午前中仕事をこなし、午後には残っていたアルコール感も消失。これは『炭水化物が人類を滅ぼす』にある筆者の体験談そのままだ。

 なお、嫁さんは仕事の都合で週に二日は午後10時を過ぎての遅い夕食となるし、糖質ゼロをうたった第三のビールを毎晩2〜3本呑んでいるのだが、それでも体重は減少。ウエストサイズが大きく変わってパンツ類をすべて買い替えるまでに。

 私の場合は本書を読んで主食に対する意識の変化が起きていたので止めるのに迷いはなかったが、嫁さんは糖質制限に関して全くの予備知識ゼロ。続くかどうか不安だったがい「別に辛くないよ」と平気な顔。元からご飯や麺類が嫌いだったわけではないし、とりわけパンは大好物だったのだが、今は食べたいとも言わない。「ダイエットってこんなに簡単だったんだね」とケロっとしている。いやはや我が女房ながら大したもんだ。


 今日に至っては遂に71.9kgをマーク。まさかの60kg台が目の前である。「試しに一ヶ月」と思って始めた糖質制限であるが、もう少し続けてみるつもり。納得のいくところまでやってみて、場合によっては仕事としてではなく、経験者として患者さんの相談も受けることができるかなぁ、と。

 ぜひ続報にご期待ください。

2013年11月14日木曜日

転倒、脱臼、アドレナリン

【ご注意】
下記のオートバイでの転倒は本年2月の出来事です。
多数の方にご心配をおかけしました。
勘違いさせるような書き方をして申し訳ありません。




 時速50kmで走行中、突然オートバイがコントロール不能になった。ハンドルは大きくブレて抑えが効かず、車体を捻らせるように蛇行し、私を振り落とさんばかり。

 下り坂の片道1車線、左にはガードレールで、その向こうは崖。道は数十メートルの直線の後、右に大きくカーブしている。とてもこんな状況で曲がりきれるはずがない。かといって止まることもできない。バイクは身を捩りつつ左へ左へと寄って行く。ガードレールに激突して230kgの車体でサンドイッチにされるのは勘弁だ。

 私が取れる行動はひとつだけ。バイクを立て直そうとする抵抗を一切止めた。

 途端に左半身を凄まじい衝撃が襲った。路面に叩き付けられたのだ。受身を取る暇など微塵も無い。それでも無意識にしっかりと顎を引き、頭を打たなかったのはかつて武道で散々練習したおかげか。

 バイクは私の股間から抜け出て、部品をまき散らしながら路面を滑って行く。私自身も滑走しながら不思議と冷静にその様を見ていた。

「ガリガリいいながら滑ってらぁ。カウルはもうダメだなぁ。エンジン傷だらけ。けど、映画みたいに火花は出ないんだな。ヘッドカバーはアルミだもんな。修理、幾らかかるだろ。部品出るかなぁ……うわわ頼む! お願いだからガードレールにぶつかる前に止まってくれ!」

 バイクも私もズタボロになったが、なんとか崖下に飛び出したり、ガードレールと衝突したりすることなく止まった。すぐに跳ね起きてバイクに駆け寄りエンジンを切る。ついで引き起こして路肩に寄せようとした時に、初めて自分の身体の異変に気付いた。

「……ありゃ? 左肩外れてるわ」

 左腕がダランとしたまま上がらない。路面に叩き付けられたショックで左上腕骨頭が前に滑り出してしまったようだ。指は……動く、握れる。よし、神経の引き抜き損傷は起きてないな。転倒の興奮からか痛みを感じないのはアドレナリンのおかげ。ならば今のうちにとジャケットの下に手を入れ、骨を探り当てると強く押さえながら左腕を……振り回す!

『ゴキュッ!』と聞き慣れた音がして、脱臼していた肩関節が正常な位置に収まる。腕に力が戻ったことを確認すると、ふたたびオートバイに駆け寄った……。


 駆けつけてくれたバイク仲間の助けを借りて事故処理を済ませた後、私はこの日二つ目の大きな過ちをしでかしてしまう。

 仕事をしてしまったのだ。

「どんな事情があれ、予約を断るわけにはいかない」と、ええカッコしいは自分の悪い癖。痛みを堪えつつ荒い息で脂汗を流し、足を引きづりながらの施術。それがどんな結果を生むかは……。

 本来、肩関節の脱臼は整復後最低でも48時間は要安静である。三角巾で腕を吊っておくのが望ましい。両上肢の重さは体重の約9%。私の場合は片腕3kg以上ある計算だ。つまり、普通に気を付け(下垂位)してるだけで肩周りの痛めた靭帯や筋肉を引っ張る拷問を受けているようなものなのだ。動かしたりすれば尚更。

 受傷直後の処置を誤ると、かつての名横綱千代の富士のように脱臼癖に悩まされることにもなりかねない。

知識としては知ってて、頭じゃ分かっていたんだけどねぇ……舐めてました。転倒したのが今年の2月。その後、2〜3ヶ月は立て続けの施術や、長時間のライディングなどで肩や腕に無理がかかると関節に痛みが出て、たびたび鎮痛剤のお世話に。ここ最近、ようやく違和感が抜けてきたところ。

 ナントカの不養生じゃないけど、予見できていたのに半年以上も苦しむとは、我ながらお馬鹿さんである。どうぞ皆様におかれましては、これを他山の石とせぬようご忠告申し上げる次第であります、ハイ。


 ついでに……あえて言うなら、それでもこの程度の怪我で済んだのはしっかりプロテクター付きのジャケットを着て、オートバイ用の頑丈なブーツを履いていたから。やはり装備は大切です。ライダー諸氏、リスク管理いたしませう。あと、最低限の受身は稽古習得しておいた方が良いかな。

 そうそう、最後にもうひとつ。バイクが操作不能になった原因はフロントタイヤの空気圧不足でした。バルブが劣化してひび割れが入っていたところに道路を横切る排水溝を乗り越えたショックで一気に空気が抜けてフロントが暴れ出した、と。

 今振り返ってみれば、あの日、確かに操舵が鈍かったように思われます。ちょうど前後のサスペンションを新調した後の初試走だったので「だいぶ乗り味が変わったなぁ」と呑気に考えてましたが、相応の危険サインが出ていたのかも。

 中古で購入した20年以上前のオートバイ、どこがどう壊れても不思議じゃないのだから、目配り気配りを怠った責任は自分にあります。これも骨身に沁みました……脱臼しただけに、ヨホホホホォ〜♪

2013年11月4日月曜日

『疾患名』という呪い



【ケース1】

「先生、私の腰ヒドいでしょ?」

「う〜ん、軽症ではないですねぇ」

「そうでしょ。もう20年になりますから。その時は病院で“ヘルニア”って言われました」

「なるほど。しかし今は椎間板ヘルニアは出てないですよ」

「そうでしょ。その次に行った病院では“キョウサク症”だって」

「ん? こういう痛みの出方は脊椎間狭窄症の症状ではないですよ」

「そうでしょ。去年は“ブンリ症”って言われたんですよ」

「………はぁ」

「でね、先生、私の腰痛の原因は何なんでしょうね?」

 椎間板ヘルニアも、脊椎間狭窄症も、腰椎分離症も、酷い腰痛を引き起こす疾患ではありますが、この三つが併発している方を私は見た事がありません。というより、万が一にも併発したならば、当院に歩いておいでになることなど不可能です。なぜ医師によって診断がコロコロ変わるのでしょう?

 腰痛の原因にはなぜかトレンドがあって、同じ症状であっても受診した年代によって疾患名が変わります。そして、テレビの健康番組やお医者さんの書く腰痛予防本に、その疾患名が多く取り上げられます。なぜでしょうねぇ。

 ちなみにこの患者さんの腰痛の原因は全く別のところにあり、当院での調整で長年の腰痛から解放されたと大喜びでした。


【ケース2】

 ギックリ腰だと駆け込んで来た患者さん。

「これはギックリ腰ではなくて、ごく軽い急性の“椎間板ヘルニア”です。背骨を整えておきましたから、これで痛みは取れるはずです。もし一週間たっても痛ければもう一度見せてくださいね」

 一週間後、この患者さんから電話がかかってきました。

「先生、あの後に病院に行ってきたんですけど、検査の結果“椎間板ヘルニア”ではないって」

「ほう、では何が原因だと?」

「お医者さんは『分からない』って」

「……なるほど。それで、まだ痛いですか?」

「いえ、痛みはすっかり取れました」

「で、病院で何か治療を受けたのですか?」

「いえ、なにも。痛み止めと湿布を貰っただけです」

「そうですか。じゃあ良かったじゃないですか。ヘルニアが治って、痛みも取れたんだから」

 患者さんの声はなぜか少し不満そうでした。軽い椎間板ヘルニアの場合、施術によって椎間板が元の位置に収まります。レントゲンを撮っても、MRIやCTスキャンにかけても写りゃしません。私たちはそんな大仰な道具を使わなくても、指先の感触と四百年以上の経験の蓄積から皮膚の下、肉の奥の骨の状態を読み取ります。

 しかしまぁ世間的に、最先端の医療機器と、一介の整体師の指先と、どちらを信じるかと聞かれれば……ねぇw 


【ケース3】

「先生、こんなに痛いのに病院では『どこも悪くない』って。“老化”のせいだって」

 ベッド上でうつぶせや仰向けに体位を変えるのにも悲鳴を上げる患者さん。

「あ、これは折れてます。“圧迫骨折”です。背骨のひとつに大きな力が加わってヒビが入っちゃってます。前に行ったのとは別の、できるだけ大きな病院でもう一度受診してください。しばらくは絶対安静になるはずです」

 数日後、この患者さんから電話がありました。

「先生のおっしゃった通り、やっぱり圧迫骨折でした。今日から一週間入院です」

 患者さんの状態を観察し、患部を触ればすぐに分かるはずなのに、なぜ最初の病院では見落としたのでしょうか。電子カルテを付けるのに忙しかったから? たまにはモニタから顔をあげて患者さんと正面から向き合っては如何ですかねぇ。

2013年11月1日金曜日

5周年

本日、あしたか気功整体院は開院5周年を迎えました。

とはいえ、特別なことをするわけでもなく、
いつもの通り施術室を掃除し、
電話を受け、患者さんを迎え、
心を込めて施術を終えたら、
「どうぞ少しでも楽になりますように」と
祈りを込めて頭を下げ、送り出す。

手が空けば楽器の練習をしたり、
本を読んだり、猫と戯れたり。

5年間、そんなことを続けてきました。
いや、続けさせて頂くことができました。
本当にありがたいことです。

この術を授けてくれた師匠に感謝。
支えてくれた女房に感謝。
私の腕を信じてくれた患者さんに感謝。
すべての人に感謝。

6年目もぼちぼち、ゆっくり歩んでまいります。
今後ともどうぞ御贔屓に。


あしたか気功整体院 院長 加島拝