2016年10月14日金曜日

アドリブ院長


 院長の趣味であるブルース・ハープ。別名10ホールズと呼ばれる10個の穴を持つハーモニカです。1個の穴につき2つの音が出るので計20音3オクターブ。

 この手のひらに隠れてしまう小さなハーモニカを飽きもせず10年近くプカプカ。上の動画程度までは吹けるようになりました。

 で、今取り組んでいるのは『アドリブ』。曲に合わせて「自由に思いのままに音を紡ぐ」演奏法です。これがなかなか難しい。そもそも音楽的な基礎知識や素養皆無の院長。基本の音楽理論を並行してお勉強しつつなので学習は遅々として進みませんが。


 関係書籍を買いあさったり、ネットで検索したりと試行錯誤の毎日ですが、まぁこれはこれで楽しいかも。

 んで、その中で私の感性にフックしたのが下の言葉。

「同じ曲を楽譜通りに毎日毎日ひたすら繰り返す。『どうしてこんなこと延々とやらなくちゃいけないんだ!』と逆ギレするまで。そこまで突き詰めていくと絶対にリズムやメロディ変えて演奏したくなるはず。
それがアドリブだッッッ!

 成る程、ストンと腑に落ちる言葉です。

 私の仕事も同じ。相手が小学生であろうが、90歳近いご高齢であろうと、やることは基本同じ。

 ズレたところを戻し、外れたところを嵌めて、骨盤の水平垂直を出す。少々乱暴な物言いですが言葉にするとこれだけ。

 開院当初はこの基本に沿って施術するだけで精一杯でしたが、最近ではちょこっとアドリブを効かせられるようになりました。

 患者さんの性別、年齢、体格、痛めた場所や痛みの強さなどに応じて手順を組み替えたり、別手法を使ったり。師匠から習った基本から外れることのない範囲で、より患者さんに寄り添った施術をできるように工夫を凝らしています。

 うーむ、何事も飽きずに続けていれば見えてくるものがあるんだよなぁ。

 人生の折り返し点を過ぎ、時間に限りがあると思い知らされてからの「気付き」なのが、なんとも歯がゆくもあるけれど、あれこれと中途半端に食い散らかし、モノにならぬ経験ばかり積んだからこその「気付き」かもしれないしなぁ。

 そんな弱気を振り払うべく『明日死ぬかように今日を生き、永遠に生きるが如く今日学べ』と自らを鼓舞しつつ、今日もあしたか気功整体院、元気に開院です。上記の通り、ハーモニカをプカプカやりつつ皆様のご来院をお待ちしております。

2016年10月11日火曜日

肌荒れと禁酒


 突然ではあるが、私は肌が弱い。即座に「面の皮は厚いくせに」とのツッコミが入りそうだが、それはまた別のお話し。疲れやストレスが溜まるとてきめんに肌が荒れる。

 先月、雨の北陸をバイクで旅したのだが、その際にカッパを着通しで蒸れたせいで全身に汗疹が出て、それがなかなか退かない。いつまでたっても全身カイカイ。さらには汗腺がうまく機能していないためか少し動いただけで体内に熱がこもり、犬のようにハァハァ口で息をする始末。

 その後、庭いじりをしたら前腕が草の汁でかぶれて見るも無残なボコボコに。

 手のひらの皮が薄くめくれる。施術前に使う手指の消毒薬のせい? 今までこんなことなかったのに?

 持病の痛風がシクシクするので鎮痛剤を飲んだら、手足先に今までは出たことのない薬疹が(これは用量の2倍を常用している私も悪いのかも)。

 とどめは盛大なメバチコ(ものもらい)で左目がお岩さん状態に。ジョージ秋山風になった目つきが我ながらあまりにも不気味だったので、施術時には頭に巻く手ぬぐいを深めに被り、そこに無理やり上瞼を挟んで引き上げてごまかしたり。

 皮膚というのは外界から肉体を守るバリアー。この薄く頼りない皮膚は私たちが思っている以上に大切な仕事をしている。

 私の諸症状はその働きが弱っている証。これは明らかに身体からのSOS。『黄色信号の点滅』から『赤信号』へ?

 さて、どうする? 体調を崩す心当たりは……ある。

 毎日欠かさぬ晩酌。20度の麦焼酎を4日で一升。アルコールに換算すると毎晩90ml。明らかに多量飲酒の連続飲酒。呑んで記憶をなくすわけでも暴れるわけでもなく淡々と呑んで、リミットを迎えるとコテンと寝てしまい誰に迷惑をかけているわけでもないんだけど……自分では少々マズいと感じていたり。

 というワケで毎晩の飲酒を止めて昨夜で一週間。徐々にではあるがお肌の状態は戻りつつある。

 酒を止めたら手が震えたり、身体中を虫が這い回ったり、幻覚が見えたりするんじゃないだろうか。昔読んだ故中島らも氏(アル中&ヤク中作家)のエッセイや小説を思い出して不安に苛まれたのだが、とりあえずの結果としては、アルコールに対する異常な渇望も、薬理的な離脱症状も皆無で一週間が過ぎた。

 さて、これからどうするか? 体調が戻ったら晩酌を再開するか。それともこのままドライで通すか。いずれにしても悩ましいねぇ。

2016年10月8日土曜日

お忘れ物



 患者さんを送り出す際には必ず施術ベッド周辺や手荷物カゴの中を一通り見渡すようにしています。

 更には「お忘れ物はないですか? ではどうぞお大事に」と一言声掛けして注意喚起。開院以来欠かしたことのないお約束です。おかげで開院以来この9年間で当院での忘れ物事案は片手で数えられるほど。

 ところが、ここ一ヶ月の間に忘れ物が立て続けに3件も! 腕時計に鍵にタオル。ま、日に何十人何百人と相手にしている商売でもなし。持ち主の特定も連絡も滞りなく、いずれの品も無事持ち主の元へ。とりあえずは事なきを得てはいるのですが……

 うーん、いかんなぁ。我ながら目が上滑りしてる。注意力が落ちている証拠だ。気を引き締めていかねば。

2016年10月4日火曜日

許さんッッッ!

 久しぶりに毒を吐きます。

 いつの頃からでしょうか。気がつけば「〇〇を許さない」とか「××は許されることではない」とか、何だかやたら目にしたり耳にしたりするようになってきたように感じます。

 さて、こういった発言での『許す』側の存在って何、あるいは誰なんでしょうか?

 社会的に? 法律的に? 倫理上において? 人間関係において?

 いやいやいや、あえて主語を抜いてボカしてもバレバレですやん。皆さん揃って『俺が許さん!』って言いたいだけですよね。

 凄いですよねぇ。もしかして、あなたは桃太郎侍ですか? 醜い浮世の鬼を退治てくれちゃうんでしょうか。

 それともフリーザ様? 53万もの戦闘力を持っているのなら、もう少し鷹揚にはなれないものでしょうか。ねぇドドリアさん? 

 まさかの倉田てつを氏? 怒りを燃やすのはゴルゴム相手にだけしてくれませんかねぇ。 

 どうにもこうにも、そんなに世の民草はあなたの許認可を欲しているのですか?

 どちらかといえば『許されない』側として糾弾されることの方が多かった私には少々耳障りな物言いです。

 それに、世の中ってのは自分が思っているほど自分の方を向いてはいないもの。どんなに世の中の不条理や巨悪に怒りを滾らせようとクソの役には立ちゃしません。あなたの『許し』なんざ屁のツッパリ以下です。

 それでも何とかしたいと思うのなら行動を起こすしかないわなぁ。まぁ、それが如何に大変か皆さんご存知だから、言うだけ番長で鬱憤ばらしをしているってところでしょうかねぇ。実にくだらん。

 じゃあお前はどうなんだって? 某マンガのセリフを借りてお答えしましょう。
世の中はな『なる』も『ならねえ』もねえんだ。『なった』だけなんだ。だからジタバタすんな、たかが生き物だろうが。あとはスキかキライか考えろ。おめえはオレがキライなんだな?オレもおめえがだいっきらいだ。

 我ながら「許す、許さん」で正義漢ゴッコしてる連中より分かりやすくて清々し……というより社会性協調性の欠如があからさまで更にタチが悪いかもw